行田のお寺を訪ねて

㈱ヨコカワのスタッフが行田市内の寺院を訪問し、紹介していきます。

img_0770三重塔01

成就院は『天正年間 (1573』に敒宥和尚(ちんゆうわじょう)が開山。
忍城主阿部豊後守忠秋より拝領と伝えられる葉衣(ようえ)観世音菩薩が本尊として安置されています。

現住職は第二十一代目新井尚義住職です。
成就院の山門をくぐると左手に三重塔があります。
高さは約11メートル。一間(約1.8m)四面の美しい朱色の小柄な塔です。
享保14年(1729)地方の宮大工の手によって建立された非常に特色ある作りで、
境内にその構造を解説しています

一間四面、初重柱間一間、銅瓦棒葺の構造となっています。
各層とも二手先の料栱、吹寄棰、一軒、重箱型の積み上げで、
塔の中心柱は二層で止めて下に降ろさず、
内陣には須弥檀を設け、格天井を組み、花鳥の図を飾っています


住職に案内されて塔内に入ると、
左右の壁板には解説のとおり牡丹・唐獅子が描かれて、
荘厳な雰囲気を醸し出しています。
img_0795牡丹・唐獅子03

享保時代の強い観音信仰を背景に建立されたものと思われ、
江戸時代の三重塔は県内には、
吉見町の安楽寺、川口市の西福寺とこちらの三基のみでいずれも県指定有形文化財です。

現在の本堂は現代の日本を代表する宮大工(小川三夫氏)の弟子が手掛けて、
平成11年に完成したとのこと、細かな技術が引き継がれている様子が見てとれました。 

【塔の由来】
塔内本尊「葉衣観音」様は、
昔、忍城主阿部豊後守忠秋公の帰依仏であったと伝承されています。
塔は、補陀閣(観音様をお祀りする塔)として、
享保時代の強い観音信仰を背景に建立されたものです。
img_0780本尊・葉衣観世音菩薩208

【華麗な塔】
この塔は一地方寺院が地方宮大工の手で建立した珍しい塔です。
心柱が二層で止めてあるのも特殊な構造で、
四年前の東日本大震災にも耐えられた地震に強い構造になっています。
心柱のてっぺんにある輪(宝倫)は、9つあり、
輪の下のところはお骨を祀る部分とも言われています。
img_0798後編・説明の写真205

【佛塔の歴史】
もともと佛塔はお釈迦様のお骨を埋葬した墓(スツーパ・卒都婆・卒塔婆)が起源です。
土まんじゅうの様式は周辺に伝わり、
北方へは中央アジアを経て、中国に伝来し木造楼閣型となり、
さらに朝鮮を経て、飛鳥時代日本に渡来して日本的な塔となって、
今日に及んでいるのです。
塔は三重塔・五重塔・多宝塔が一般的です。
img_0793後編・絵0206
img_0792後編・絵0107

【子育て観音】
塔内には、葉衣観音様と一緒に、
子育て観音様もお祀りしています。
昔から、我が子の健全な成長を願ってお参りする人々は
〝櫛の歯を挽くが如く〟たえなかったと伝えております。
両観音様は、脇寺の胎蔵界・金剛界両界五如来様に護られて、
誓願をかなえてくださいます。
img_0784後編・子育て観音0204

取材を終えて帰る際遠くから塔全体を見ると、かわいらしさと深みがでていました。
img_0778本堂02

真言宗 成就院
行田市長野
℡048-559-0360

成就院地図

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宝珠院の創立についてはあまり明らかにされてはいませんが、
永仁六年(1293)の板碑の破片が見つかっている事から、
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その当時には御堂があったと考えられており、
開創は1540年頃で、最初のご住職が死去された記録が残っています。
熊谷市の一乗院の末寺でもあるそうです。

寛文三年(1663)秀意住職の時、
豊後(大分県)より諸国巡拝に廻っていた満海上人が訪れ
近在の人々の苦悩を救い、その地で入寂。
寺には上人自らが石を削ってつくったお地蔵様が「満海地蔵尊」となって奉安され、
その189年後、第一八世光恵住職が病を癒すご利益があると広め、
その際につくられて実際に使用された版木が残されています。
今でも地元の方には「イボ地蔵様」として親しまれています。
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また、昭和41年に本堂修築が行われ本尊を移す際、
台座下より長覚院良成道枢・道栄・道栄の三名筆の「光明真言経」百巻が見つかり、
一巻が7mほどの和紙に経文が繰り返し書かれており、
現在も寺宝として大切に収められています。
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現在は第二十七世内藤賢秀住職。
ご住職も気に入られていると話されていた本堂内から観た外の眺めは、
境内の苔・山門の外の田園・青い空が広がっており、心が落ち着く景色でした
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真言宗 宝珠院
行田市和田
℡048-556-7395
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慶院が開基されたのは、文亀元年(1501年)。
忍城主、成田顕泰の娘「都留(つる)姫」により建立されました。

本尊には、願王地蔵菩薩(天正13年=1585年作)が祀られており、
市の文化財に指定されています。
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他にも、室町後期作の韋駄天菩薩が安置されています。
本堂は260年前に建立され、禅式様式です。
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山門は文化年間(1804~1818年)に建立され、
愚禅和尚(金沢大乗寺禅師)の扁額は、大変貴重な扁額です。
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境内には、冬には「梅」、春は「桜」、初夏には「さつき」「蓮」、
初秋には「銀杏」「ケヤキ」の紅葉が見られ、
四季それぞれの風情が楽しめます。

映画「のぼうの城」の中で、山口智充が演ずる侍大将の柴﨑和泉守は、
常慶院を開基した都留姫(1516年没)の家司(姫の守り侍)柴﨑六兵衛の子孫であり、
和泉守は水攻めの際大活躍する侍大将です。

代々寺の境外に屋敷があり、
今でも柴﨑屋敷として云い伝えられており、
柴﨑家の石塔四基は、無縁塔の中に葬られております。

過日、新墓地造成が終了し、
各種240区画の墓地が確保できました。
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是非御来寺賜り、御見学下さいますよう、御住職が申しておりました。
(文章:櫛引浩士)
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曹洞宗 常慶院
行田市城西
℡048-556-0066
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